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京都地方裁判所 昭和39年(ヨ)597号 判決 1965年3月23日

申請人 長谷川忠夫 外一三九名

被申請人 松風陶業株式会社

主文

申請人等はいづれも被申請人の従業員の地位にあることを仮りに定める。

被申請人は申請人等に対し昭和三九年一二分月以降毎月末の前日限り別紙目録(三)記載の金員を仮りに支払え。

訴訟費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

一、当事者の求める裁判

(申請人等)

主文同旨の判決

(被申請人)

「本件申請を却下する。申請費用は申請人等の負担とする。」との判決

二、主張

(申請人)

(一)  申請人等は、いづれも被申請人会社の従業員であつて、同時に総評化学同盟京都地区本部に属する松風陶業労働組合の組合員である。

被申請人は、資本金六〇、〇〇〇、〇〇〇円の特別高圧碍子を製造している株式会社であつて、従業員約三〇〇名を擁していた。

(二)  被申請人会社は申請人等に対し、昭和三九年一一月二八日付で解雇通知書を送付して解雇の意思表示をなした。

(三)  しかしながら右解雇の意思表示は無効である。

すなわち、被申請人会社と申請人等の所属する右組合との間には、昭和三六年一〇月一日締結され、その後自動延長協定により一年毎に更新されてきた労働協約があり、その第三八条には、

「会社は次の各号の一に該当する場合には解雇する。

1 已むを得ない事由により事業の縮少、休廃止するとき

2 業務の合理化その他の事由により冗員を生じたとき

前項の場合に於ては解雇の基準及びその人数については組合と協議する。」

旨の事前協議事項が規定されており、また被申請人会社は同趣旨のことを就業規則第五三条第二項において確認している。しかるに、本件解雇は全く抜き打ちであつて、組合及び申請人等は解雇について何ら知らされず、会社と組合とが、この条項により本件解雇について事前協議をなした事実はない。右条項は規範的効力あるいは経営参加的効力のいずれかを有すべきものであるから、それに違反してなされた本件解雇の意思表示は無効である。

よつて申請人等は現在なお被申請人会社の従業員としての地位並びに雇傭契約に基く賃金請求権を有する。

(四)  申請人等の賃金は毎月二〇日計算で毎月末の前日に支払われているが、その平均賃金は別紙(三)記載のとおりである。

(五)  申請人等はいずれも被申請人会社に対し雇傭関係存在確認及び賃金支払請求の本案訴訟を提起すべく準備中であるが、本案判決の確定に至るまでの間唯一の生活手段たる賃金の支払いを受けられないと回復しがたい損害を蒙るおそれがある。

(被申請人)

(一) 申請人等主張事実中、第一、二、四項は認める。

(二) 同第三項中、労働協約及び就業規則のあることは認めるがその余の点については争う。

すなわち別紙(二)記載のとおり本件解雇は有効である。

三、疏明等<省略>

理由

一、当事者間に争いのない事実

申請人等はいづれも被申請人会社の従業員であつて同時に総評化学同盟京都地区本部に属する松風陶業労働組合(以下単に組合と略称する)の組合員であること、被申請人会社は資本金六〇、〇〇〇、〇〇〇円の特別高圧碍子を製造している株式会社であつて従業員約三〇〇名を擁すること、被申請人会社が申請人等に対し昭和三九年一一月二八日付で解雇通知書を送付して解雇の意思表示(以下本件解雇と略称)をなしたこと、被申請人会社と組合との間には昭和三六年一〇月一日締結され、その後自動延長協定により一年毎に更新されてきた労働協約があり、その第三八条には「会社は次の各号の一に該当する場合には解雇する。

1  已むを得ない事由により事業の縮少、休廃止するとき。2 業務の合理化その他の事由により冗員を生じたとき。前項の場合に於ては解雇の基準及びその人数については組合と協議する」旨のいわゆる事前協議条項があり、更に、就業規則第五三条第二項にも同趣旨の規定があること、(以下単に事前協議条項と略称)、及び申請人等の賃金は毎月二〇日計算で毎月末の前日に支払われているがその平均賃金は別紙(三)記載のとおりであること、以上の事実は当事者間で争いがない。

二、争点についての判断

(一)  申請人の主張は、「本件解雇は、労働協約第三八条及び就業規則第五三条に定める事前協議を行わずになされたものであるから無効である」という一点にしぼられているところ、被申請人会社の主張は多岐にわたり、その趣旨がいささか明瞭を欠くが、その言わんとするところを要約すれば、次の諸点にあると思われる。

(1)  労働協約第三八条並びに就業規則第五三条第二項所定の事前協議条項は経営権を侵害するものであるから無効である。

(2)  そうでないとしても、本件解雇は会社解散を前提とする事業の全面的廃止にもとづく全員解雇であつて、右条項を適用すべき場合にあたらない。

(3)  仮りに右主張も認められないとしても、本件解雇をなすにつき被申請人会社は組合と前記条項に基く事前協議をなした。

(二)  以下右各主張の当否について検討する。

(1)  本件事前協議条項の効力の存否

本件事前協議条項が、「解雇の基準及び人数」につき会社と組合が協議する旨のものであることは、前記のとおり当事者間に争いがない。

右のような解雇基準を作ることについて組合との協議にかからしめるいわゆる協議条項は、解雇が他の労働条件以上に労働者の身分に重大な影響を及ぼすことにかんがみ、その決定に労働組合の関与を認め、会社側の恣意を排除して労働者の権益を担保しようとするもので、なるほど、労働者の地位の維持に関する事項について会社の経営内に組合の意思を反映せしめる、いわゆる経営参加条項的性格と、それを通じて労働者の生活保障を得ようとする生活保障条項的性格を兼有するものではあるが、もちろん経営権を違法に侵害するものではない。

そして、特段他の事情の認められない本件にあつては、労働協約ないし就業規則の存在自体から、右条項が、憲法により生存権を保障された労働者が団結して組合を結成しその組合を通じて経営者たる被申請人会社と適法な団体交渉を行い、その結果労働協約中に規定されたものないしは被申請人会社が適法に自ら確認した就業規則中に規定されているものであることをうかがうにかたくない。

従つて本件事前協議条項は、その内容及び成立の過程いづれの点からしても、公序良俗違反として無効と解すべき理由はない。

(2)  本件解雇に対する右条項適用の有無

(A) 成立に争いのない疏甲第二号証及び同第三号証に徴すると、右各条項は冗員整理による解雇に関するものであることを認めるにかたくないけれども、その冗員というのが、被申請人会社の事業廃止に伴う全員解雇の場合を除外したものである旨を規定した文書が労働協約ないしは就業規則に存することは、これを疏明するに足るものがない。

(B) 従つて、右条項が、被申請人会社の全面的な事業廃止に基づく全員解雇の場合に適用があるか否かは、規定全体の趣旨から決しなければならないところ、

(イ) 本件事前協議条項の趣旨目的は前記の如きものであるから、その協議の対象である「解雇の基準及び人数」は、特に当事者間で反対の合意のない限り、解雇の必要性、正当性、その人数並びにその人選基準のみならず解雇されるべき者についての解雇条件即ち退職金、予告手当等の額及び支払時期やその他の経済的処遇にも及ぶものと解せられるべきである。

(ロ) ところで、会社事業の全面的廃止にもとづく全員解雇の場合には、従業員のうちどれだけの人数をどういう基準で選定して解雇するかの問題は生じないから、通常この点について、会社の恣意介入の余地はあり得ないわけで、従つて協議の必要はないといつて差支えない。

(ハ) しかしながら、

解雇の必要性、正当性については、――前記のとおり本件条項は経営参加条項の性格をも有しているのであるから――会社の全面的事業廃止にもとづく全員解雇だからといつて、会社が組合にそれを納得させるべく協議する余地は残されていないとはいえないし、(もつとも本件では全員解雇の必要性、正当性の欠缺は無効理由とされていない)、解雇条件については、事業廃止による全員解雇の場合にも、原則として、それは当然に労働者の権益に直接つながるものであつて、そのような全員解雇であることから、直ちに協議が排除され労働者の生活保障は省みられなくてもよいということが生じてくる道理のあろうはずがない。

そして、本件全疏明によるも、前記特別の合意の存在をうかがうことは出来ない。

(C) そうだとすれば本件解雇が全員解雇だからといつて本件事前協議条項の適用を阻却される事由とはなし難くこの点に関する被申請人会社の主張は失当である。

(3)  事前協議の有無

(事実関係)

申請人小関久一、同長谷川忠夫の各本人尋問の結果及び証人松風嘉定の証言(ただし申請人小関久一の本人尋問の結果及び証人松風嘉定の証言については、後記措信しない部分を除く)、成立に争いのない疏甲第一、五号証と前記当事者間に争いのない事実とを総合すれば、

(イ) 被申請会社の昭和三九年四月一日よりはじまる第九期営業成績は、経済状況の悪化、同業会社との競争激化等により極めて悪化し、同年一〇月分の賃金支払も遅延して翌一一月に数回に分割して支払われる状態になつていたところ、ついに同月一七日手形不渡が発生し、臨時休業に入つたこと。

(ロ) 右賃金支払遅滞を契機として、組合は会社に対し労使協議会の開催を申入れ、同月一六、一七、一八、一九、二六、二八日の六回にわたり、組合の「即時企業再開、一時金の支給、企業の明るい展望の提示」という要求事項について労使協議会が開かれないしは団体交渉(右のうち一八日の会合には化学同盟京都地区本部及び乙訓地区労働組合協議会の幹部が、更に二八日のそれには化学同盟京都地区本部書記長と社会党加賀田進代議士が出席しているので団体交渉を含むものと認められる)がなされたのであるが、会社側は、右二八日に至るまで、営業見通しが極めて悪化していることを強調しながらも尚企業再開に努力する旨言明し続けて来たこと。

(ハ) 同月二六日には右のように労使協議会が開かれた一方会社側は債権者の集会を開催し、その席上社長が会社解散をせざるをえない状態になつている旨を説明したが、その席には組合幹部も居合せていたこと。

(ニ) ところで、

(a) 会社側は、二七日から二八日の朝までの間に(もつともその間の何時であるかは明かでない)、社長、松風嘉定常務取締役及び柳沢孝栄取締役が協議の結果、従業員全員を解雇することにし、二八日の午前に松風取締役が部下に解雇通知書及び企業閉鎖のやむなきことを訴えた「従業員の皆さんへ」と題する書面の印刷(解雇、退職金及び予告手当支払の各日付欄は空白にしたままで)を命じたうえ、同日午前一一時頃には各部課長を招集して工場閉鎖、全員解雇のやむなきに至つたことを内示して、解雇予告手当支払の準備にとりかかつたこと。

(b) 右手当支払準備を探知した組合が会社側に抗議し、それを中止させ、その上で、両者の間で同日午後三時頃から前記のとおり団体交渉が開かれたが、その冒頭に社長がはじめて組合に対し全員解雇を公表したので、それまで企業再開に努力する旨一貫して言明しつづけて来た会社側の態度急変に激昂した組合側の抗議があつて議事は混乱し、そのため、当日議長をつとめていた赤崎常務の裁定により、右全員解雇申入れ前の状態にもどすことにして交渉が進められたが、組合側は企業再開を強く要求し、それを困難とする会社側と見解が一致せず、怒声等で議場が喧噪にわたることがたびたびあつた末、遂に翌二九日午前三時頃組合側が交渉決裂を宣して退席し、その直後会社側は前記用意した解雇通知書等の書面の工場閉鎖、解雇及び予告手当支払日付を一一月二八日、退職金支払日を同年一二月中と各記入のうえ、同日夕方に各従業員あてに発送したこと。

(ホ) 右各書面の工場閉鎖、解雇及び予告手当支払日付は印刷後ペンで各一二月二八日と一旦記入されていたのを、二九日早朝の交渉決裂後一一月二八日と訂正されたこと、以上の事実が疏明せられる。申請人小関久一本人尋問の結果及び証人松風嘉定の証言中右認定に反する供述部分は措信しない。

(右認定事実に基く判断)

本件事前協議条項にいう「協議」とは、前記の同条項の趣旨目的に沿うよう信義則に基いて、会社及び組合が意見の交換をなし審議を行うことを意味し、従つて具体的に協議がどれだけつくされれば足るかは結局のところその場合場合に同条項の趣旨目的と信義則に照らしてこれを定めなければならないが、少くとも前記協議事項を正式議題とし会社側としては企業の経営状態を卒直に説明するなどして組合の理解を求めるよう努力すべきであり、いやしくもその結論だけを一方的独断的に組合に押しつけるというようなことは許されず、他方組合側も当該協議事項中客観的にみてやむを得ない事情に基く会社側の提案に対してまでなんらの理由もなしにいわゆる反対のために反対するというようなことは厳にさけなければならないものというべきである。(なお成立に争いのない疏甲第二号証によれば、労働協約により、労使協議の場として労使協議会と団体交渉が予定され、従業員の労働条件についてはまず労使協議会に附議し、その協議会の協議が成立しなかつた時に団体交渉事項となる旨(協約二二条二項四号、九六条)規定されていることが認められるが、前記の信義則に基く協議は、そのいづれの形式による労使の協議であると問わず、実質的に履践せられることが要求せられるわけである。)ところで、

(イ) 被申請人会社は、昭和三九年一一月一六日開催の労使協議会以降、経営状態の悪化、企業再開の困難性について組合に対し充分に自己の見解を説明していたが、同月二八日開催の団体交渉の時まで、いまだかつて正式に組合に解雇を議題として提案したこともなければいわんやこれを協議したこともなく、同月二六日会社が会社債権者の集会の席上会社解散のやむなきに立ち至つていることを説明し、その際組合幹部が同席傍聴していたとはいえ、もちろんそれは会社から組合に対する解雇の協議申入ではない。却つて、終始企業再開に努力する旨を表明しつづけていたにかかわらず、既に事前に解雇通知書を作成し、かつ部課長にその旨を内示して解雇予告手当支払の準備をととのえた上で、同月二八日の団体交渉にのぞみ、その団体交渉の席上ではじめて全員解雇を議題とし、しかもその際結果的には右議題を撤回し、その后右交渉が紛糾の上決裂するや、直ちに用意しておいた右解雇通知書を各従業員に発送したもので、

(ロ) なるほど、

(a) 組合は、会社側のその経営状態についての説明を知つていたばかりでなく、二八日の団体交渉の際の全員解雇の議題の撤回とこれに続くその后の交渉の続行不能とについて一半の責任を負つているけれども、

(b) そして、仮りに会社の経営状態が会社の説明どおりで解散のやむなきに立ち至つていたにしても、

(ハ) このような場合に、会社が全員解雇について組合と協議義務をつくしたとするには、組合の態度ないしは会社の状況の如何にかかわりなしに自分だけでもなしうるところだけはなすべきであり、すなわち少くとも協議の意思を有しその申入をすることだけは信義則上要求せられ―他面もともと、全員解雇の議題そのものの如きは、組合側がどんな態度をとろうとも、会社に協議の意思さえあれば、撤回されるということはないはずであるし、そしてまた組合側がどんな態度に出たからといつて、あるいは会社の経営状態がどんなであるからといつて、全員解雇の議題が撤回された后に、改めてその協議の意思の表示ないしは申入れがなされ得ないわけではない―のに、ことここにいでず、―全員解雇の議題を提示しながら、これを撤回し、そしてその撤回のためもはや全員解雇の協議そのものが空白となつているのにかかわらず改めて組合になんらの協議の申入すらなすこともなく、そもそもの議題の提示よりも以前に作成しておいた全員解雇の通知書等を発送しているのであるから、会社は、その経営状態や組合の態度如何にかかわりなくひるがえつて当初から全員解雇について協議する意思がなかつたか、そうでなくても右撤回后にこれを放棄したものであることが明らかであつて、―結局のところ、少くとも全員解雇の議題撤回のまま協議の意思すら放棄したものといわなければならない。

従つて、被申請人会社は、本件事前協議にいう協議について、信義則上会社の経営状態ないしは組合の態度如何にかかわりなく履践せらるべき義務をつくさなかつたものであつて、その点で協議をなしたものということはできない。

三、本件事前協議条項は解雇の手続条項であるが、その趣旨目的が前記のとおりのものであるから、それの履行の有無は処分の内容に影響を及ぼすことが明かでその欠缺は重大な手続違反として本件解雇を無効ならしめるものというべきである。

なお労働協約中の解雇事前協議条項違反の個別労働契約に及ぼす影響については周知のとおり種々の見解があるけれども、本件解雇は個別労働関係を直接に規律する就業規則にも同趣旨の規定がある場合なのであるから、別に右見解の如何に立入るまでもなく、重大な就業規則違反として無効のものというべきである。

四、申請人等の従業員たる地位の確認の利益と賃金請求権

本件解雇が右理由により無効である以上、申請人等と被申請人会社間の労働契約は依然有効に存続し一定期日に所定の賃金の支払を受け得るものというべきであるところ、

申請人等の賃金は毎月二〇日計算で毎月末の前日に支払われること及びその受けうる賃金(平均賃金)額が別紙(三)記載のとおりであることは前記のとおり当事者間で争いがない。

よつて他に特段の事情の存しない本件にあつては、右賃金額は平均賃金額とみなすべく、申請人等は、被申請人会社に対し、その従業員としての地位の確認を求める利益を有するとともに本件解雇の日以降の右平均賃金額相当の賃金請求権を有する。

五、仮処分の必要性

申請人等の如き労働者は日々の生活をその賃金収入によつて支えるのが通常であるから、別に特別事情の主張立証のない本件では、本案判決確定を待つていては著しい損害を受けるおそれがあることが明らかで仮処分の必要性は優に認められる。

六、結論

よつて本件仮処分申請は全部正当であるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木辰行 山之内一夫 大森政輔)

(別紙)

(二) 被申請人の主張

第一、被申請会社設立の事情とその後の経過。

一、松風陶業株式会社(以下会社という)は昭和三五年四月一日設立せられ、松風工業株式会社(以下工業という)からその所有する土地、建物、機械設備一切を賃借し、工業を退職した従業員を採用し、工業の債権債務の一部を承継し、特別高圧碍子の製造販売を営業とする法人であり、資本金六千万、その株主構成は左記の通りである。

川崎重工業株式会社(以下川重という) 五〇%

三井物産株式会社(以下物産という)  一五%

株式会社第一銀行(以下一銀という)  一〇%

松風工業株主その他          二五%

工業は戦争中軍需濾水器製造に専念したが、戦後民需用碍子製造にカムバツクすることに立ち遅れ、日本碍子、大阪陶業等同業他社との競争に苦しみ、物産、一銀の特別援助に不拘昭和三一年九月一旦内整理をしたが、数年を出ずして、再び経営不振に陥り、資本金の十数倍に及ぶ負債を生じて、昭和三五年三月遂に再度内整理の已むなきに至つた。

乍併、業界に六〇年の歴史を有する工業をつぶすことを忍びないとする一銀の特別な配慮と斡旋により、新に川重を中心とし物産一銀の資本参加のもとに、陶業を分離発足せしめ企業の再建を図つたのである(工業は定款を変更して不動産賃貸会社となつた)。

二、陶業発足以来約二年間は一般経済界の好況に支へられ、一見順調に推移したが、昭和三七年にいたり、碍子界市況は再び悪化し赤字は累増し、陶業として独力を以つて資金繰りを続けることは不可能となつた。川重の資金援助により辛うじて営業を継続することを得た。川重がなければ陶業は今日を待たず早くこの期に倒産を余儀なくされたであろうと考えられるのである。

三、陶業創立以来の歩みは次の通りである。(単位万円四月―九月、一〇月―三月決算)

期別  売上額   公表利益    実際利益     借入金   賃借料

1 一九四八三   五八      〃        六三五  七五〇

2 二四四〇五  一〇二      〃       三〇〇〇 一〇八〇

3 二七四四五  二六九      〃      一〇〇六五 一五〇〇

4 二九四二九  一七四      〃       六六〇〇 一八〇〇

5 一六四八一 二一〇二(一) 三九五〇(一)  一〇〇五〇  四〇〇

6 一七六五六 二五八五(一) 五九八五(一)   一六五〇  三〇〇

7 二八一一七 一〇七四(一) 四一三七(一)   四三一〇  三〇〇

(メキシコ大口輸出を含)

8 一七九六一 一五六三(一) 五五一四(一)  一一五二〇  三〇〇

9 二七一五三 一二九〇(一) 二六八九(一)   一〇〇〇  三〇〇

(比国大口輸出を含)

計一九八〇四(一) 計四八八三〇

右の如く年々赤字が累積し、借入金によつて会社の運営が続けられていたのであるが、借入金合計は四八八、三〇〇、〇〇〇円となり、損失金合計は一九八、〇四〇、〇〇〇円を計上するに至り資金繰りの基礎をなす輸出も期待出来ず、売上は減少し、昭和三九年一〇月には給料の遅配を来たし、関係先の支援を懇請したが諒解を得ること能はず、遂に会社の経営持続が不能となつたものである。

第二、申請人が這般の組合全員解雇を労働協約違反であるとの主張は正当でない。蓋し、会社と組合間の労働協約第三八条に申請人主張の如き規定のあることは争はないが、同条項は会社の存在を前提とする規定であり、会社の解散が問題となるような今日の事態において適用せらるべきではない。即ち、先ず右第三八条の見出には「冗員整理による解雇」とあり、即ち同条はあくまでも冗員整理の規定であつて、全員整理の場合に適用すべきでないこと明らかである。進んで同項(1)号には已むを得ない事由により事業の縮少休業廃止するときとあり、事業の縮少休廃止というのは、所謂事業の縮少であり休廃止であつて、全面的廃止廃業を意味しないことはいうまでもない。事業の縮少については多く疑問はあるまい(会社存在が前提である)後段にいうところの事業の休廃止とは、会社の一部門或は会社の営業科目の一部を休止したり、又は廃止したりする場合を指すのである。例へば会社には従来京都における本社の外東京都、大阪市、福岡市に夫れぞれ出張所を経営していたが、昭和三五年五月業績不振のため右の内福岡営業所を廃止した事実がある。又昭和三七年八月本社工場における営業科目の一であるハンダゴテ製造部門を廃止したことがある。

この種休廃止の場合に適用を見るのが右(1)号に該るのである。同(2)号は読んで文字通り「業務の合理化その他の事由により冗員の生じたとき。」である。

昭和   年  月業務合理化のため嘱託二十数名を整理したことがある。

以上(1)(2)いずれも会社の生命の存続する上においての問題である然うであればこそ、第二項「前項の場合に於ては、解雇の基準及びその人数については、組合と協議する」という字句が初めて意義を有し、及びその必要を生ずるのである。全員解雇の場合にはその基準も、亦人数もこれを云々する余地は全然ない。

之を要するに、申請人が労働協約第三八条を根拠に、これに違反したとする主張は到底首肯し難い。

因に会社においては、第三に述べるような客観状勢の下において到底会社を今後継続することは不能であるとの判断の下に、去る昭和三九年一二月一二日の取締役会において会社解散を決定し、これを議題とする臨時株主総会を来る一月二九日開催する運びとなつている。

第三、仮りに第二項が理由なしとするも、会社は申請人等とその解雇について協議を行つたのである。その具体的事実の概要は次の通りである。

一、会社は上述の通り金融逼迫による経営難に陥り、昭和三九年一一月一六日遂に不渡を発表せられるの余儀なきに至つた。これに先だち、同月一四日組合との労資協議会において、会社は第一〇期の見とおしを説明し、「今後の見通しは極めて困難なる旨」を以つてした。これに対し組合側は「それでは絶望しかない、今日最悪の事態を迎へ今後会社はどうするか」等の質疑応答あり。同月一六日も協議会が持たれ、同一七日の協議会において組合側は「従業員の生活不安、失業不安に対する会社の社会的責任を追及し、全員雇傭を要求し停年までの安定保障を求め、更に会社に対し、会社をつぶす意図が明らかである。或は今回の発表は計画的倒産である」とかの発言を行つている。

二、一一月一八日には会社は組合上部団体参加による団体交渉を行い一九日、同二六日にも組合と団体交渉(二六日には会社は申請人と団体交渉を継続する一面会社債権者の集会に出席し会社解散の已むなきに至りたることを公表した、この際申請人組合幹部は同席してこれを傍聴している。)、同二八日午後三時から開催された会社解散による解雇を前提とする最後の団体交渉は(会社では後記の通り最後の団交とは考えていなかつたが事実上最後のものとなつた)、翌日午前三時半まで延々十数時間に及ぶものであつたが、この間組合は「六〇才まで生活を保障せよ、我々を立退かす条件を明示せよ、松風などどうなつてもよい、金で割切つて話を付けよう」などの発言あり。この間団交は著しく喧噪に終始し、オイコラ式の罵り雑言をあびせ、二晩でも三晩でもこのまま団交を続けるぞ、等会社側に精神的圧力を加え、「法律上解雇は許すべきではない、会社が解雇を強行しても、当方に受ける意思がなければ出来ない」と称し最後には交渉決裂を断言し、茶椀をたたきつけて席をけつて引揚げたのである。上記する組合の態度なり当時の事態は、組合側に会社と胸襟を開いて解雇について協議しようとする誠意と努力を払つたものとは云い難く、組合側は今日主張する協議権を自ら放棄したものといわざるを得ない。

かかる事態に直面した会社が全従業員を解雇する旨の通知を発信したことは真に已むを得ないものであると主張すると同時に、会社としては上述数次に亘る組合との団交は組合員解雇につき組合と協議を遂げたものと主張する所以である。会社においては前記二八日から二九日に亘る団交はこれを最終のものと考えず、更に組合側と協議する心持であつたが、上述のような組合の態度のためその意を貫くことを得なかつたものである(疎  第   号証従業員の皆さんへ、同第   号証通知書中月日は当初から印刷せず空白であつたことはこのことを示すものである。)。

三、尚組合は一一月一六日突然全員無断職場を放棄し、保安要員を引揚げたので、会社は已むを得ず危険防止のため、窯の火を落した。団体交渉―決裂の手続を経ず一方的に労働の提供を拒否し、定められた保安要員まで引揚げたことは、明に労働協約違反でもあり、全員解雇も覚悟の前という態度であつたものである。

申請人主張の解雇が抜打的であつたとの申請人の主張は事実に反する。

四、労働協約における会社と申請人間の労務の提供とその対価の支払という法律関係は、その基本理念は民法の雇傭契約に該当するものであるところ、その六二八条によれば「云々已むを得ざる事由あるときは各当事者は直ちに契約の解除をなすことを得云々」とあり、会社が第一において述べた通り、前記当期を合せて資本金を上まわる金八千万円以上の欠損を生じ、会社においてこれ以上会社の継続は不能であると判断した上は、右法律に所謂「已むを得ざる事由あるとき」に該当するものと信ずる。たとへ労働協約が右雇傭契約の特別規定であつても又それが単に協議に止まり合意に達することを要しないとしても、かかる規定は組合の会社経営権に対する介入ないしはその侵害であつて法律上否定せられるべきものであると考える。果して然らば会社の遭遇する今日の事態では事前協議はこれを要しないものと解釈しなければならない。

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